龍野の城下町、武家屋敷

龍野の町

石段を降りて、町に出る。立派な邸宅が並ぶ。個人の民家の建築を見るだけでも楽しめる。個人の家やから、あんましバシャバシャ写真を撮らんように注意する。

龍野の旧脇坂屋敷

旧脇坂屋敷。中は何かの資料館のようだった。

龍野の旧脇坂屋敷

屋敷の窓のズーム。土族屋敷を探すが見当たらないのであきらめ、町の中心へ。

龍野の古民家

古民家の窓。この窓は「戸袋付雨戸引」といい、明治初期より用いられた方式だとされる。懐かしい雨戸である。

龍野

龍野小学校、武家屋敷付近の古民家にあった看板。地図を見ると、龍野小学校の入り口のレンガ壁は、明治の開校当時のものだということだ。

武家屋敷資料館

武家屋敷資料館

この武家屋敷の敷地は、寛政十年(1798年)の龍野城下町絵図によると、「芝辻平左衛門 自分建」とあるので、鉄砲師や鍛冶職として仕えていた家系である芝辻平左衛門の屋敷であったことが明らかになっている。

敷地内の建物のうち、主屋は棟の鬼瓦に天保八年(1837年)の銘が残されていたことや、近隣の武家屋敷の遺構との比較によっても天保八年だと推定される。龍野の城下町の貴重な遺構である。参考文献:龍野市町並み対策室パンフレット

武家屋敷資料館

武家屋敷横の扉。

武家屋敷資料館

門をくぐるとすぐに玄関。人の気配に気づいた管理者おばさんが迎えてくれた。

武家屋敷資料館

廊下から見た床の間。昔の人は小さかったのだろう。天井が低い。

武家屋敷資料館

中庭。左は厠(トイレ)。使用可能。トイレの横には台所があり、近代的な電子レンジと水道があったので不似合いに感じた。が、管理人の人が使っているのだろう。

武家屋敷資料館

井戸。

武家屋敷資料館

奥の床の間。

武家屋敷資料館

当時の台所。

武家屋敷資料館

二階。一階よりもさらに天井が低いので立てない。大人は中腰でいなければならない。よっぽど昔の人は小さかったんやなー。どれだけ天井が低いか、立ってセルフタイマーで自分と比較しようとしたが、内部が暗く外が明るいので写真がうまく撮影できなかった。

武家屋敷資料館

階段もかなり小さい。落ちそうになる。

武家屋敷資料館

二階から見た屋根。

龍野の商家、醤油蔵>>

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